一人一宇宙、星空のように「こころ」があなたを包んでいる。

唯識による全宇宙カタログ マインドフルネス
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Naoman-Minoru
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こんにちは。人生100年時代の心と身体とお部屋をゴエスする「マインドフルネス実践講座」コーチ、特別な一日日本代表ゲンキポリタンあなたの願いを実らせるNaoman-Minoruです。

心は、どこにあるのでしょう?
脳や耳、手。足のようにように、、ここにあると誰も示すことはできません。

「こころ」は、目に見えるものではなく、目に見えないモノ。
これが「こころ」だという方法で示せるものではない不思議なもの。
でも、「こころ」こそ、自分そのもの。
つまり自分とは科学で説明できない生き物です。
ここでは、科学で説明されない「こころ」の在り処とつきあい方について説明します。

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人はこころに包まれて生きている

唯識

科学は見えないモノを見えるモノで説明しようとしますが、未だに「こころ」がどこにあるのか、誰も示すことができません。「人間」は未だに最大の謎です。

こころ」は自分のモノだから身体の内部にあると99%の人が思い込んでいます。
重大な結論をいうと、私たちはひとりひとりが「こころ」に包まれているのです。

宇宙の果てがどこなのか判らないように「こころ」の果て、つまり自分の果ても判らないのです。あらゆる可能性があるのが人間で、誰も自分の宇宙から出ることも入ることもできないのです。

「西遊記」でおなじみの三蔵法師が、現在のインド地方から中国に持ち帰った哲学が「唯識(ゆいしき)」です。猿や豚のお伴はいませんでした。とんでもない講談になるほど過酷な旅立ったのです。岡田准一氏がNHKの番組で説明していましたね。
三蔵法師は生涯を翻訳に使い果たしました。

その後、インド大乗仏教を代表する無著・世親の兄弟僧侶によって、法相教学が確立されました。兄の無著が唯識の基礎を築き、弟の世親が「唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうじゅ)」にまとめ、のちに法相宗の経典になりました。

そうして日本に伝わった「唯識」の教え「一人一宇宙」の概念は法相宗の大本山、奈良・興福寺を通じて全国に広められました。興福寺にある北円堂の堂内には国宝「弥勒如来像』の両脇に国宝『無著・世親立像(むじゃく・せしんりゅうぞう)』が安置されています。(春・秋に一定期間公開されます)

人は誰もが一人一宇宙、「こころ」に包まれて生きています。

一人一宇宙

マインドフルネス実践講座

唯識では「一人一宇宙」といいます。

私たちは自分の外に下界がある、
そこに他人、こと、モノ、自然界、さらに宇宙があると思い込んでいます。

しかし「一人一宇宙」を打ち立てた「唯識」では、そう考えません。

唯識」では、私たちひとりひとりが、自分の世界を作り出し、そのなかに閉じ込められていると考えます。つまり私たちは共通の世界に住んでいるのではなく、ひとりひとり、自分の宇宙(=こころ)に住んでいて、閉じ込められた状態で暮らしています。

他人、こと、モノ、自然界、は、自分の「こころ」が自分の世界に映しだしたもので、自分の世界(=こころ)から外にでることはできないのです。

こういうと頭がおかしいと思う方がいても仕方がありません。
でもこれが唯識の教えだし、自分が何度も感じたことです。

私が暮らしているこの世界がすべて私のために用意されたことだなんて!
一切は自分の「こころ」のなかにあります。自分の身体も、です。

一人一宇宙について、話を進めます。

自分とはなにか

自分の外に出られない理由は、自分、自分、自分と常に自分のエゴ中心だからです。
人を愛する「あなたのために」と言っても、実は「自分のため」ということを実感されたことはありませんか?

もし、真実、その人のために愛していると実感したら、たちまち関係性など、どうでもよくなって、自分が解き放たれることに気づいたことはありませんか。
執着から解き放たれるので、拠って立つ場を失った不思議な感覚に陥るのです。

さて、ここまで強く意識する「自分」ですが、自分は本当に存在しているのでしょうか。
実際のところ、ほとんど自分の身体は自分の思うようになりません。
さらに一瞬、一瞬で変わる意識・感情・感覚はもっと思い通りになりません。
身も心も、刻一刻と変化を続け、自分のコントロールをやすやすと突破して一寸先は闇です。
それを「自分の身体」「自分の意識・感情・感覚」と定義できるでしょうか。
誤解、思い込みとしか言いようがありません。

自分とは何でしょう。何を自分といえばいいのでしょう。
宇宙に果てがないように、自分の「果て」もないのです。

「これが自分です」と決められるほどつまらない自分はありません。
何を自分と思っているかで、その人の自分が決まっていることを思うと、果てがない自分はとても面白いものですよ。
終わりのないアベンジャーズやスターウォーズのようなものです。
自分とはなにか、答えが必要なのでなく、問い続けることが信じることに繋がるのです。

あなたは宇宙の中心

一人一宇宙

科学で説明されない「こころ」はどこにあるのでしょう。
一人一宇宙の自分の「こころ」はどこにあるのでしょう。
見えないことが大切というように「見えないこころ」は大切なのです。

それもそのはず、自分を星空のように包んでいるのが「こころ」なのです。
誰も自分のこころから出ることはできないのです。

宇宙の中心は「あなた」です。

こころは果てしない宇宙

一人一宇宙

大半の人は、心という言葉があるせいで、間違った判断をしています。
自分の身体と心は自分の脳の支配下にあると思い込んでいる人が99%います。
そのせいで、私たちの「こころ」は自分の内側にあると思い込んでいます。
「こころ」なんて、どこにもありません。
間違ったまま、残りの人生を過ごすことはもったいですよね。

「こころ」は大空のように、宇宙のように自分を包んでいます。
果てしないものなのです。私にとってすべてなのです。

死ぬとはどういうことか

十牛図

そもそも、こんなことを言って何の意味があるのでしょうか?
それは人は必ず死ぬからです。
死ぬとはどういうことなのか、死体とはなんでしょう。
死んだら自分を包んでいた「こころ」はどうなるのでしょう。

難しいことですね。人によっては、面倒くさい話かも知れません。
知って暮らすのと、知らずに暮らすのでは、人生の質が変わるので放置できないのです。

私たちの世界では、私たち人間が「正常」と認めたことが「正常」ですが、
正常と異常を分けているのは何でしょう。
最近は多様化が認められ従来の垣根がどんどん崩れています。
いままで思い込んでいた「価値観」や「基準」は誰が決めていたのか。

正常と異常を知らないのですから、その基準を判断することは不可能ではないでしょうか。
私たちはエゴ以外の展開は考えようもないのです。

身体は自然が作ったことで、それ自体が自然なことです。
身体は脳の支配下になく、心臓がそうであるように自然の支配下にあります。
自然も一人一宇宙の中にあります。自然界も「こころ」のなかにあるのです。

「こころ」があなたを作ったのです。いのちの源泉は「こころ」です。

認知症を患った年老いた母親は脳レベルで、息子のことが判らなくなっても、「こころ」レベルでは息子が気がかりだし、最後まで判っています。
特にスキンシップでは顕著で、臨終の場でも子どもが自分を撫でる手触りで生命力を発揮します。身体は脳の支配下にあるのではなく「こころ」を含む自然の支配下にあることを実感します。

「死」は最高のモチベーション

スティーブ・ジョブズの名言

死体とは動かなくなった身体のことです。
動かないオモチャを見て「オモチャがない」とは言わないように、動かない身体をもってして「死んだ」と言います。本当に表現したいのは「いのちがない」です。
つまり「亡くなった」とは「いのちがなくなった」「いなくなった」という意味です。

しかし「自分の死」と「他人の死」では、随分意味が変わります。
お金がなくなるのを恐れるのは、お金を持たない自分を想像するからです。
お金がなくなったのと違い、死によって自分がなくなったと自覚することはありません。
死んだのちに、死んだ自分を自覚する自分はすでにいないからです。

ところが他人の死については、「死んだ」「亡くなった」「いのちがなくなった」「いなくなった」と語ることができます。目に見えることは言えますが、目に見えない「こころ」が死んだのか、いなくなくなったのかは言えません。

つまり自分が死んだ場合と同じく、見えないことは言えないのです。
「自分がいない」と言えないことは、「自分は死なない」と同じことなのです。

動いていた人がいなくなることは、人が生きる上で重要な意味を持ちます。
人にとって大切なのは、あるか、ないか、言い換えると見えるか、見えないかの違いです。
「本当に大切なことは見えない」という事実を加えてみると、自分の想像力、見えない力(=こころ)がなにより重要になってきませんか。

自分の「こころ」が自分の世界に映しだすことがなにより重要なのです。
なにより重要なのは当然です。いのちの源泉は「こころ」だからです。

人は、よりよいものを自分の世界に映し出せるように自分を高めるのです。
最高の自分は最高に生きるということではないでしょうか。
死ぬことは最高に生きるためのモチベーションになるのです。

いまになりきる

もともとのいのち

死んだのちに、「こころ」が内包していた、37兆のネットワークで構成された身体は灰になりなくなります。

「こころ」は宇宙に留まるのか、なくなるのか、どうか解りません。
「ある」か「ない」か、二分法的思考にこだわらず、分けずに、中道、「ある」と「ない」の真ん中、見えない道を進めば、「いま」が答えを返してくれます。

「こころ」は、「いのち」のかたちで、次世代にあるべき最良の種子を遺します。
あるべき最良の種子とは、ビッグバン以来、脈々と受け継いできた「根源的ないのち」です。
子どもが受け継ぐ最良の種子は、根本心である阿頼耶識の可能性を縁起に託します。

縁によって生起する事象は「いま」を気づかせて「なりきる」マインドフルネスの大切さを知らせてくれます。
人は死ぬけど「死」はないのだから、スティーブ・ジョブズ氏が言ったように「もし、今日が人生最後の日だとしたら、いまやろうとしていることは、本当にやりたいことなのか」と自らに問いかけて、「いま」やりたいことになりきってやるのです。
素敵な人生を過ごすには、答えを出すことより、問うことが大切です。

「こころ」があなたを包んでいる

私は私が作り出した世界の中に閉じ込められています、そこから外に出ることができません。
「こころ」がどこにあるのか、自分の身体に注目しますが、どこにもありません。
それもそのはず、「こころ」があなたを包んでいるのです。

「こころ」はあなたの宇宙。あなたは宇宙にある地球のような存在。
あなたは星を見ますか?
夜空を仰いで星を眺めるように
「こころ」は、あなたを包んでいるのです。

まとめ

  • 一人一宇宙。誰もが自分の宇宙から出ることも、他者の宇宙に入ることもできません。
  • 他人、こと、モノ、自然界、は、自分の「こころ」が自分の世界に映しだしたものです
  • 「こころ」はあなたを包んでいます。
  • 人は、よりよいものを自分の世界に映し出せるように自分を高めるのです。
  • 最高の自分は最高に生きるということ。
  • 死ぬことは最高に生きるためのモチベーションになります。
  • 「こころ」は「いのち」の形で次世代に最良の種子を遺します。
  • あなたは「もともとのいのち」を感じて暮らしていますか?
  • 素敵な人生を過ごすには、答えを出すことより、問うことが大切です。


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