縁起でマトリックスな世界をマインドフルネスで是正、本性強化

縁起 マインドフルネス
ミノルさん
ミノルさん

こんにちは、人生100年時代の心と身体とお部屋をゴエスする「マインドフルネス実践講座」コーチ、特別な一日。日本代表のゲンキポリタンです。

私たちは、新型ウイルス、自然災害、などと共生していく「いのちの時代」を迎えています。
自由で豊かなマインドフルネスな状態で100年ライフを生きるために、家庭で、ビジネスで、ひとりひとりが、「もともとのいのち」の事実に気づき、他者との関係のなかで生きる大切さが増しています。

ここでは、マインドフルネスであるために、縁起(因果=結果には原因がある)の事実と向き合う方法をお話します。

マインドフルネス

マインドフルネス

マインドフルネスとは、マインドトークまみれの状態から空(くう)のプロセスを超えて、いまここ、あるがままに、もともとのいのちになりきった状態です。

もともとのいのちとは、執着で自分を見失った自分になる前の本来の心(本性)です。

もともとのいのち、本性の自分

水

本来の心は、水とよく似ています。
美しい青く晴れた日には、水は青色になり、どんより曇った日には、水もどんよりした色になります。台風で荒れ狂った海の水も同じように荒れます。
青いインクをたらすと水はインク色になりますが、時間が経つと水の本性で元通りになります。
縁起のすがたです。

自我執着心にまみれた心にも、もともとのいのち(根源的ないのち)つまり本性があります。

わたしたちは自我執着心は自分の中(本性)にあると思っています。
本性が水だとしたら、自我執着心は水に映っているだけ、水に色を垂らした状態です。
つまり、もともとのいのちを見失い、自分ではないものを自分と思い込んでいるのです。
この状態から自分を取り戻した状態がマインドフルネスです、

すべては心が作り出したマトリックス

子どもと違い、大人は縁起で自分が作り出した物語で生きています。
発端は1.5歳までに決意した対人関係の構え。根本執着心となり、これを繰り返し使えば正しい認知が不可能になります。

このままでは自由で豊かな100年ライフを生きることは困難になります。
マインドフルネスが縁起の人生脚本を是正、本性を強化します;

自分の中(心)にあるもの、ことが、言葉を使うことで、外にあると錯覚します。
次の3ステップで説明します。

  1. ここに「なにか」ある
  2. 言葉を使って考えます
  3. りんごがあると思います。この段階で自分の心の中にあったものが外に転移)

つまり、言葉を使って考えなければ、りんごはなく、単に映像で終わります。
りんごという言葉で外にあることが認識されて執着が起こります。

言葉によって縁起(原因=結果)が生じたのです。

①ここに「なにか」あります。

②「りんご」という言葉で、りんごだとわかります。

アップル

③りんごは自分の外にあると思います

りんごは自分の内にあり、外にはない

変革

①そこに「なにか」あります。
②「なんだろう(適格な言葉を探します)」と思います。
③「りんご。だ!」と特定します。
言葉によって、りんごが自分の外にあることが判明(=錯覚です)します。
映画「マトリックス」がやってのけたように脳のスクリーンに投影されただけの錯覚です。
言葉で分別しなければ、りんごは永遠に存在しません。
「食べる」という言葉でそこにりんごはあり、食べたという言葉でりんごはなくなります。
すべて言葉のマジックなのです。
言葉を使って縁起(原因=結果)が起こっているだけで、自分の力ではなにひとつしていないのでしす。

マインドフルネスは何をしているのか

マインドフルネス

マインドフルネスでは、①「なにか」ある以上のことは考えません。
いちいち気にしていては空(くう)になれないからです。
空(くう)は無限の可能性です。
なんにでもなりきることができます。
なりきればあると思っていた自分は消えます。これが無我の状態です。空と無は似ていて同じと思われますが、違いがおわかりいただけたと思います。

りんごはどうなった?

マインドフルネス研修

りんごになりきればりんごになり、りんご本来の味もたっぷり味わえます。
つまり、いまここなりきって生きれば自分(=自我執着心)は永遠にありません。
代わりにもともとのいのちが生きています。
川の水と同じく無色透明、大自然の風景を映して流れていくだけなのです。

①「なにか」ある以上のことを言葉を使って分別していくと、雑念だらけになり、本来の心(もともとのいのち)は雑念に占領されます。

やがて執着が芽生えて、心の癖になります。

心の癖(執着)まみれの毎日を平常心と呼ばないで

人は、心の癖(執着)まみれの状態を平常だと思い込んでいますが、脳が仮想空間に生きているにすぎません。

タイヤやハンドルの集合体を車と呼びます。
同じく37兆の細胞の集合体が人間で、37兆の細胞を人間はコントロールできません。
自分が指揮官だと思っていますが、脳は指揮官ではなく、心もどこにあるか未だにわかりません。

オーケストラの指揮者ではなく、ジャズバンドのプレイヤーが各自好きに演奏しながら、ひとつにまとめ上げていく状態に似ています。

Autumn Leaves

37兆の細胞がいきいきしていたら、このような歴史的な名演になります。
特別な一日。とは、細胞がこのような感動が生み出す日。

特別な一日。日本代表が、特別な一日のお手伝いをします。

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悟りとは実践中そのもの

人生は面白い

つまり自分とはいないのです。
確かな存在にしたいなら、なにかになりきるしかないのです。
なんにでもなれる変幻自在の存在(無限の可能性)です。
いまここあるがまま」とはそういうことです。
勉強しているなら勉強になりきる。掃除しているなら掃除になりきる
勉強、掃除、食事、りんご、睡眠・・・すべて状態を表す言葉です。実践=悟りです。
ところが現代人は、ご飯食べながらテレビ見ている。携帯かけながら運転している。相手の言葉も聞いていなくて、自分の言葉も意味不明、歩けば執着で怒りまくり、なにごともどっちつかずで雑念だらけです。

「もともとのいのち」は無視されたままです。気づくことができないので、悟ることはできません。
実践できないのです。
精神疾患が増えるのは当たり前です。
車が追い越したと怒り、幼い子どもに八つ当たりして、ストレスが嵩じて、ホルモン垂れ流し、健康を害して、子どもが産めない身体になるのも当たり前です。
精神疾患とは、見失った本性(もともとのいのち)を探している状態なのです。
持続可能な社会を維持することは、ポリ袋の有料化ではできません。
持続可能な社会を守るために、雑念を断ち切り、ながらをやめて、なりきる「特別な一日」を作っていきましょう。

マインドトークに参加しないコツ

ルーティンワーク

なりきる、邪魔をしているのが、マインドトーク(雑念)です。
マインドトークは、心が勝手におしゃべりをしてしまうこと。雑念です。
自分が耳を貸すうちに、マインドトークに参加してしまいます。気がついたら、マインドトークに参加するのをやめます。
呼吸に意識を向けると、マインドトークから抜けられます。

呼吸に意識を向けて、マインドトークを「やめなさい」と言わないのが、マインドトークから抜けるコツです。
マインドトークはイライラの原因になり、ストレスホルモンコルチゾールの分泌過多になるリスクがあります。
コルチゾールの分泌過多は健康を害する基礎です。

縁起の仕組み

もともとのいのち

縁起の仕組みは、因果法則すなわち縁起の道理が働いていることに発見できます。

人は37兆の細胞ネットワークでできています。細胞を意思で支配することはできません。
上の図のように「自分とは」すべての縁で支えられている「状態」にすぎません。
自分という物体があるのではなく「自分という状態」があるのです。

縁には大きく2通りの意味があり、つながりと因果(原因=結果)があります。2通りの意味は結局はひとつになります。「因果必然」(ある原因は必ずある結果をもたらす)です。

道理が確かに厳然と働いているのはなぜでしょう。
科学万能主義に慣れた私たちには、どのような根拠があるのか、追求せざるをえません。
あらゆる存在の本性が、存在を存在たらしめている法則すなわち道理を有しています。
「A有ればB有り、A無ければB無し」という縁起の道理がすべての存在を貫いて働いています。
私たちは、子どもと違い、大人は物語の中で生きています
物語は主に母と子の縁起で自分が作り出した人生脚本です。
その母も母と子の縁起、母と父の縁起で作り出した物語に生きています。
遡れば、気の遠くなるような物語ですが、現代を生きる者にはその縁起はわかりません。発端は1.5歳までに決意した対人関係の構えです。
根本執着心となり、これを繰り返し使うので、正しい認知ができなくなります。
歪んだ認知を繰り返すことで性格となり、無意識の人生脚本を完成させます。
無意識の人生脚本は、ほとんどの場合、エピソードに投影され、繰り返されます。
繰り返すほど自動思考、さらには自動思考依存症になります。
いわゆる固定観念ですが、いまここのマインドトークの根拠になっています。
いまここのマインドトークを断ち切ることが、後付けで意識したライフプランを実現する発端になります。
因果必然。よい習慣をルーティンワークにして特別な一日がエンドレスになるようにしましょう。
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まとめ

  • 人はあるのでなく、人という状態があるのに過ぎません。
  • 状態を良い状態のキープしようとするのは道理で「マインドフルネス」に保とうとします。
  • つまり→いまここ、あるがままに、なりきった状態(=マインドフルネス)
  • 状態には「顕在意識」と「潜在意識」があり、因果関係(つながり)があります。
  • 潜在意識で感じたことが顕在意識にあがっていきますが、潜在意識には幼少時に身につけた認知の歪みがあります。人は成長とともに分別をつけいくので大人は飼育された子どもといいます。
  • 「もともとのいのち」を見失って、執着を強めてしまう縁起があります。
  • 縁起にはたくさんの人やもの。ことがついています。
  • 大人は物語(人生脚本)を作って生きています。
    源流から吹き出したばかりの水のような子どもは物語ではなくいまここがあるだけです。
  • 本性を取り戻し、自由で豊かな100年ライフを生きるために、縁起で作ったマトリックスな世界をマインドフルネスで是正して、本性を強化します。
3大質問で知るマインドフルネスな「もともとのいのち」トリセツ
エンドレスにワンダフルに生きるための大基本である『私は誰?」「なぜここにいるの?」「どのように生きればいい?」3つの質問から、「私は誰?」自分の物語に入ると、子どものようの、いまここにいまここになりきって過ごすことで、執着心、愛着を知る前の「もともとのいのち」を生きることができます。

ゲンキポリタン(一般社団法人いきいきゴエス協会)

マインドフルネスで変わる重要な5つのこと
マインドフルネスでなにが変わるのか見ていきます。ここでは人生が変わることをお伝えします。テーマが大きいのでその一部しかご紹介できませんが、マインドフルネスによって気の滅入ることや腹立たしいこと、我慢でなく受け入れることで「これも人生の味わいのひとつ」と感じることができるようなります。
ファイナンシャルプランニング
誰も言わなかった禅「十牛図」はじまりの尋牛(じんぎゅう)
「十牛図」最初の絵「尋牛」の本質は、「いまの自分」がいないことに気づいた自分を知ることにあります。気づけば行動する。禅の鉄則です。「いまの自分(=本当の自分)」がいないのは、人生脚本に支配されているからです。人生脚本に支配から解放されるには、いまの自分が書いた人生脚本(=ライフプラン)に乗り換えることです。
誰も言わなかった禅「十牛図」二の見跡(けんせき)
「十牛図」見跡の本質は、「いまの自分」が存在することに気づいた状態です。気づけば行動する。禅の鉄則です。「いまの自分(=本当の自分)」に自分らしさの良さを体感するには、具体的な行動が必要です。空想と想像で書かれた人生脚本の支配から解放、執着から離れるにが、いまの自分が書いたライフプランを掲げて達成に邁進する必要がありま...
誰も言わなかった禅「十牛図」三の見牛(けんぎゅう)
「十牛図」見牛の本質は、そこにいると知った瞬間、心の底では「いまここ」にいることになります。気づいた自分を知ることにあります。 気づけば行動する。禅の鉄則です。人生脚本に支配されている自分に気づくことは。人生脚本から解放される自分を実践することです。
誰も言わなかった禅「十牛図」四の得牛(とくぎゅう)
十牛図・尋牛は、いなくなった自分に気づいた絵でした。見跡は、どこに自分はいるんだと探す絵でした。見牛で、そこ隠れている自分を発見しました。4枚目の得牛は、隠れていた自分を捕獲します。捕獲できるかどうかは自分の腕次第なのです。人生最大の公案をあなたがどう気づくか、「得牛」の絵は問いています。
誰も言わなかった禅「十牛図」五の牧牛(ぼくぎゅう)
十牛図、5枚目の牧牛(ぼくぎゅう)は、暴れる牛を手なづけながら家に帰る道中です。暴れるには原因があります。全ての物事は原因があって結果があります、因果の法則で成り立っています。ラケット、認知の歪み、人生脚本にも、十二縁起という原因があります。 十二縁起には成長する手順と因果関係が説明されています。
誰も言わなかった禅「十牛図」六の騎牛帰家(きぎゅうきか)
誰も言わなかった十牛図6枚目「騎牛帰家(きぎゅうきか)」は、本来の自己とそれを求める自己が一体になったので、牛の背中にまたがることで、自分の目線が高くなり遠くまで見えるようになったことを意味します。認知の歪み、ラケット、人生脚本から解放されたのです。内面から湧き出る仏性で共感を悟れるのです。
誰も言わなかった禅「十牛図」七の忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)
「十牛図」七番目の「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」は。悟ったことさえ気にしない、何ものにもとらわれない本来の自己になれたことを表しています。気づけば、悟ることができる。その悟りさえ気にならない一体となった状態は、執着のない、慈愛(共感)そのものです。
誰も言わなかった禅「十牛図」八の人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう
「人牛倶忘」の状態は、気負いもなく。執着も迷いも生まれない状態です。もはや感情的な人生脚本もなく。日常生活を淡々とルーチンワークで繰り返すだけです。ルーチンワーク(習慣化された生活)を退屈に感じるのは、刺激を自分の外に求めるからですが、もうそんな無駄なことをしなくても、やりがいも生きがいも自分のうちに全部揃っています。
誰も言わなかった禅「十牛図」九の返本還源(へんぽんげんげん)
返本還源(へんぽんげんげん)の返本とは、本(原点)に返(還る)、源にたち還ること。つまり「はじめに還ること、源にたち還る」いのちの源流に還るとどうなるのでしょう?川を流れる一滴の水が湧き出る源泉から飛び出す瞬間を想像してみてください。あなたの働き方、生き方はいのちが求めていたことですか?
誰も言わなかった禅「十牛図」十の入鄽垂手(にってんすいしゅ)
「入鄽垂手」とは「ぶらりと町に入ってきて、何をするということもなく帰っていく」という意味になります。つまり、執着がなく、自他共にあるがままでよしとするなら、何も語らなくても、そこにいるだけで、気軽に声をかけるだけで、いのちの本性が、一切衆生に慈悲を持って接するのです。自利他利の仕組みでつながる循環する。
無形資産の教科書|自分を極める「十牛図」とライフプラン
自分を極めるとは、どういうことでしょうか?最高の自分を引き出すことですね。いちばん 判りやすいサンプルがアスリートではないでしょうか。「心はそのまま仏である」といいます。禅の高僧の言葉ですが、この心とは「もともとのいのち」のこころだと思いま

 

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