人生100年時代をライフシフトするゲンキポリタン10の約束

人生100年時代のライフプラン マインドフルネス
ミノルさん
ミノルさん

こんにちは。人生100年時代の心と身体とお部屋をゴエスする「マインドフルネス実践講座」コーチ、特別な一日日本代表ゲンキポリタンあなたの願いを実らせるミノルさんです。

ゲンキポリタンとは、ひとことでいうなら「いまここを生きる人」。
100年時代を心豊かにお祭りのようにライフシフトしてエンドレスにワンダフルを実践する人です。

コスモポリタンが、民族・国籍・言語・宗教などにはこだわらないで、全世界を自国と考えている世界主義者であるように、ゲンキポリタンは24時間にこだわらず、暮らし、アート、仕事、趣味、遊び、性、年齢など、あらゆるカテゴリーを超えて、人生をお祭りのようにライフシフトできる人のことです。

ポジティブにライフシフトするゲンキポリタンが自分に約束する10のポリシーについてお話します。

いまここを生きる 人

ライフゴエス

いま、ここを生きるとは、過去、未来は置いとていて、いまここ、目の前のことに専念、集中することです。つまり目の前のことに専念、集中できる環境を自分に用意しなければ、どんどん複雑になります。

目の前のことに専念、集中するために”ゴエス(5S)の心がけ”を推奨しています。
5Sゴエスとは、Seiketu整理、Seiton整頓、Seisou清掃、Seiketsu清潔。Shituke躾(習慣)のローマ字表記した場合の5つの頭文字です。整理整頓ははじまりで躾、つまり習慣化されていて、いまここ、目の前のことに専念、集中できます。人生100年のルーティンワークが素晴らしい人生に結実します。

ライフシフトするゲンキポリタンが自分に約束する10のポリシーは、ライフデザイン(自分のあり方)です。なのでここにあげた10のポリシーは参考意見です。ご自身のライフデザインを大切にしてくださいね。その際に認知の歪みに気をつけてください

①「直指人心 見性成仏」

空一円相

この画像は「空一円相」といいます。なにもない状態です。
「空一円相」の状態だからお祭りのように生きていけるのです。

もう少し掘り下げてみます。

ポジティブにライフシフトするゲンキポリタンのポリシーは、
禅語「直指人心 見性成仏(じきしじんしんけんしょうじょうぶつ)に集約されます。

「直指人心 見性成仏」の意味は・・・真っすぐに自分の心を見つめよ。本来自分に備わっている仏性に目覚めよ。という禅の基本となる教えです。

  • 見性とは、対象そのものを見るのでなく、対象そのものになりきるということです。
  • 成仏とは、現代的な解釈になっている死ぬということではなく、仏陀(=覚った人)になることです。

ブッダとはお釈迦様の個人的な名前のように思われていますが、「ゴータマ・シッダールタ」が本当のお名前です。

覚ったという意味は、気づき(知って解って)覚る(実践する)、つまり実践(=なりきる)することです。

ライフシフトする人の特長は、過去の成功体験にしがみつかない。理由はお荷物になるからです。

「いま、ここ」に集中とは、いま、ここの職場、人間関係が土台になります。
自分の人間力は土台になりますが、自分のキャリアはお荷物なので捨てます。

失敗する人は、ここを逆にしてしまいます。自分のキャリアを土台にして、自分の人間力を不安視してしまうのです。

「こんな、職業私には合わない、私ににはこんなキャリアがあるのだぜ」と考えていま、ここ、目の前にある仕事に飛び込まない。これではライフシフトできません。

ライフシフトのコツは、人目を気にせずに「真っすぐに自分の心を見つめよ。本来自分に備わっている仏性に目覚めよ。」なのです。「直指人心 見性成仏」を見失わないようにしましょう。

②特別な一日

大基本〜マインドフルネス実践講座

人間が発する疑問視のなかで「なに」「なぜ」「いかに」の三つが根本です。
仏教ではこの三代疑問詞に対して次のような言葉で答えます。

  • 「なに」・・・無我・空
  • 「なぜ」・・・縁起
  • 「いかに」・・・慈悲(菩薩行)

それぞれについては、別の項で説明しますが、どれも仏教の大基本です。

「特別な一日」とは、慈しみに満ちた、たとえばスティーブ・ジョブズが語っていた今日が自分の人生最後の日だとしたら今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか? 」の答えです。

ほとんどの方は「やりたいこと(仕事)」と答えるでしょう。でもそれがそうでしょうか?

ポジティブにライフシフトするゲンキポリタンは特別な一日を自分に約束します。

特別な一日とは、「対象になりきる日」
たとえば、いまここ、目の前のことになりきる。
洗濯、清掃、台所仕事・・・なんで自分がこんなことをしなければいけないんだ!とは決して言わない。慣れたら習慣にしましょう。

たとえば、スペシャルな人になりきる。
物理的に離れていたとしても、一体となりきること。たとえば「あの世の人」はその代表的な存在。

あれこれ考えていたら「なりきれません」なにになるかは問題ではありません。いつも、いま、ここ、目の前のことになりきる習慣を自分のものにする。それを続けていたら、お呼びがかかります。「あの人なら手伝ってくれるかも知れない」そう思ってもらえたら、困ったときに連絡がくるようになります。連絡が来たら、お願いされた仕事になりきる。

幸運の扉は開き、一旦開いた扉は次々に開いていきます。縁起です。因縁があり生起する。

人はみんな一人一宇宙だが、個としては実在できない。「縁起の故に無我である」すなわち「自分は多くの縁から生じたものであるから、自分は存在しない」という思想です。
縁があって生起する。この状態を一般の方が口にする「生かされている」表現になっています。縁起で一人一宇宙がつながってネットワークを構築している、もっとも身近な事例が身体です。

身体は37兆とも50兆ともいわれる細胞でなりたっています。脳をはじめ細胞は相互依存の関係にあり、個人の意思とは関係なく活動しています。つまり、世の全ての物事や出来事は「個」として実在することはできず、本質は無限大の因縁です。すべてある可能性、すべてない可能性、それが空(くう)であるという思想の根拠になっています。

見性成仏(けんしょうじょうぶつ)とは、ただ見たり考えたりして、解った気になるのではなく、そのものになりきって実践することです。

たとえば花になりきる、学びになりきる、相手になりきるまで身を投じる=そのためには自分が白紙でないとなれないので「無我」「空」が必然になります。

自分が居座っていては、空にならないので、対象になりきれません。なので考えたり雑念を取っ払って(自分を忘れて、空になってこそ)対象が坐ることができます。

ここから「諸行無常(=物事は常に移り変わっている)」という言葉が腑に落ちると思います。

③もともとのいのち

もともとのいのち

「もともとのいのち」は生きたがっています。
生きることは知ることではなく実践することだからです。

ポジティブにライフシフトするゲンキポリタンは限りなく「もともとのいのち」に近づき、「もともとのいのち」を生きようとします。本来の自己を見出して生きようします。

人はどこから来たのでしょうか?
ゲンキポリタンの考えはシンプルです。
人の身体は37兆の細胞ネットワークによって作られているといいます。(もっと多いという説もあります)37兆の細胞のもとは精子と卵子ですが、精子と卵子はどこからどのように誕生したのか、その根源は宇宙的な謎のままです。

細胞ネットワークを動かしている司令塔は「脳」と考えられてきましたが、腸も脳を動かしていますので、集団でメカニズムを形成、美しいハーモニーのように支配しているようです。

脳もいくつものパートに分かれていて、その機能は未だに未知数です。
無意識の働きは想像を絶する規模で機能していています。

人間の「もともとのいのち」は意志なんか気に留めることもなく、川の流れを行く一滴に似て、本来は無色透明ですが、周囲の風景を映しているだけのものです。
青空の下では青い水滴に見え、曇り空の下では濁った水滴に見えますが、その実体は無色です。

一滴の水

④生き辛さの原因「潜在意識」を認識する

阿頼耶識

ゲンキポリタンは、ライフシフトのコツを知っているので、流行に振り回されません。
ライフシフトのコツは高い人間力そのものです。すべての「愛着」との課題も乗り切ります。

上の図は「西遊記」で有名な三蔵法師がインド地方から持ち帰った唯識思想からのものです。
唯識では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎず、八種の「識」(=八識)だけがリアルであるという思想です。

表層心(=顕在意識)に五感+意識の六識、深層心(=潜在意識)に末那識(自我執着心)阿頼耶識(根本心)があり、生き辛さになっているのが深層心であると考えられています。この傾向は大人が大人になりきれない傾向を受けて近年ますます強くなっています。

源泉から湧き出た「もともとのいのち」が川を辿って大海にでる活動が、瑞々しくできるように、命を尊ぶ暮らし方が問われています。

⑤考えるな、無意識にまかせる

考えるな、感じろ

ライフシフトするゲンキポリタンは、こまごまと考えないようにします。
全身で感じてなりきろうとします。
たとえばパーソナリティ障害で苦しんでいる人の言動は難解です。
愛があれば「あの人の気持ち」になろうとします。
すべてを受け入れて同じ気持ちで生きようとします。

禅の修行では起床と同時に10分も経たない内に、坐禅をはじめるといいます。

理由がハマっていて感動です。
寝床をあげて、食事もせずに顔を洗うのもほどほどに道場に速やかに移動し、坐禅を始めます。その訳は全神経を集中して坐禅に打ち込むのに、考えることは邪魔だからです。

朝、起きたら、まずベッドを整えて、部屋を掃除、トイレを拭き掃除して、着ていたものを洗濯機に入れて、シャワーを浴びます。ニューノーマルな時代ですからね。
デスクに就き、仕事を始めます。一区切りついたら、軽く朝食をして、身を整えます。

⑥マインドフルネスで整える

トラベラーズノート

マインドフルネストいうと「瞑想」を思い浮かべますが、本質は「作務・勤行」だと考えます。悟る(覚る)とは、実践だからです。

作務」(さむ)・・・僧堂や周辺での労働や畑仕事・草刈り・伐採・植林・土木作業など
「勤行」 (ごんぎょう)・・・・読経
「三昧(ざんまい)」・・・・何も思わず、何も考えず、淡々と作務をこなす。

「もともとのいのち」は生きたがっています。
生きることは知ることではなく実践することだからです。
「作務・勤行」に得た知恵(気づき)を三昧に生かしてこそ悟りです。

悟りを実践していると対象になりきります。対象になりきることをくりかえしていると、もともとのいのち(本来の自分)とひとつになる悟り(仏)になり

毎晩、お茶を飲みながら、明日の予定を考え、トラベラーズノートに整理します。
予定した「行動」は禅寺での「作務・勤行」にあたります。

マインドフルネスは、お釈迦さまが施された最後のトレーニング「三十七菩堤分法」の7科目の最後の「八正道」のひとつです。全行程は「三十七菩堤分法」は、次の7つの科目で構成されていました。

  1. 四念処(四念住)
  2. 四正断
  3. 四神足
  4. 五根
  5. 五力
  6. 七覚支
  7. 八正道

対象になりきるトーレーニングのひとつ。

ブッダに学ぶシステム思考「重閣講堂」
釈尊(お釈迦様)が35歳のときに仏(仏陀)という大宇宙最高の悟りを開かれてから、80歳でおなくなりになるまでの45年間に蓄えられた知恵(教え)です。弟子とは、師が進んできた道を追体験することで、得る立場にある人を指します。現代を生きる私たちも「釈尊の弟子」として最高の境地に到達できるのです。

⑦ゲンキポリタンは哲学する

マインドフルネス世界に広がる

ポジティブにライフシフトするゲンキポリタンは「もともとのいのち」がその本来を生きるように哲学します。自分の内側に柱となる哲学をうちたてたいものですね。

インド地方で誕生した仏教は、お釈迦様が提唱されたもっともオリジナルな原始仏教を基本にして没後も世界に広がり発展してきました。中国・韓国に渡り、日本に伝来した大乗仏教はそれぞれ違った歴史を刻んできています。(大乗仏教はお布施によって成り立っていますが、日本では天皇が仏教を支持されたので僧侶は長く公務員のように処遇されました。)

日本においては、奈良時代の天武14年(西暦685年)、天武天皇が「諸国、家ごとに、仏舎を作りてすなわち仏像及び経を置きて、礼拝供養せよ」と勅令を出されたの機に仏壇の設置が広がりました。(『日本書紀』)その後も時々の宗派、13宗(華厳宗、法相宗、律宗、真言宗、天台宗、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、融通念仏宗、時宗、さらに禅系である曹洞宗、臨済宗、黄檗宗)の開祖により思想に違いが生じながら日本独自の仏教文化が変遷、江戸時代には檀家制度が広まり、現在の葬式仏教の基礎になりました。仏教を難解にしている原因に、宗派による微妙な表現の違いがありますがルーツは原始仏教です。

一方、中国・韓国では繰り返えされる戦乱にあって、国を治めるための価値観の基礎として仏教に代わって儒教が主流となりました。

  • 日本は仏教、中国・韓国は儒教
  • 仏教のルーツは原始仏教

⑧「ひたすら繰り返す」ルーティンワークを日常とする

あり方が正しいとやり方も正しくなる

禅の語録の講義を聴く雲水は、普段坐禅を修行しているので、師家(坐禅の指導者)の話をさぞ真剣に聴いていると思いがちです。
しかし、受講中の雲水は、師家がなにを話しされているのか、どこを読んでいるのかさえ理解していないといいます。雲水は居眠りしてしまうからです。(笑)
繰り返して繰り返して音を身体で聴くことで、自然と点と点が結ばれて、意味が理解され、理解するほど本質の理解が進んでいきます、

私たちが試験勉強や、難解な本を読むことに似ています。それでも諦めずに繰り返すことで壁を突破します。

ルーティンワークの成果です、気づきの成果なのです。体得ですね。
子供たちが、ひたすら遊ぶことで学びを繰り返してマスターしていくのと同じなのです。

大切なのは、ゲンキポリタンは、結果ばかりを追い求めません。できなくてもいい。
川を行く水の一滴のようにルーティンワークに従うだけです。これが主体性

⑨ループする煩悩製造システムを気にしない暮らし

無限ループ

ループする煩悩製造システムを気にしない暮らし方は、実は簡単です。
ただただ行動あるのみ。
朝起きたらまずデスクの前に座ります。
顔を洗えばデスクに直行、うがいだけ。朝飯は抜きです。
なぜなら朝飯食べていたらあれこれ考えて煩悩の餌食になります。歯も磨きません。

デスクでの一仕事が終えて思考回路がビジネスモードになってから朝食、歯磨きを行ってください。
なので朝食というより、ブランチですね。つまり超意識に捉まらないようにするのです。
捉まったら最後マインドワンダリング(雑念)のからめとられるからです。

⑩ゲンキポリタンはマトリックスから脱出する

過去と未来に振り回される日々

マインドワンダリング(雑念)に囚われている内に「仮想世界」へ行ってしまいます。
仮想世界を描いた映画「マトリックス」は衝撃的でしたが、実際に私たちは、マインドワンダリング(雑念)によって、過去と未来に住んでいる状態になります。

いまここにない。過去にも未来にも、なんの意味もない。
意味があるのは、いまここにある呼吸。それ以上のものがどこにあるでしょうか?

ところが、ハーバード大学の調査では、一日の半分になる47%の時間、マインドトークすていることが判明しています。いまはもうない記憶とまだ起こっていない未来、仮想世界に住んでいるのです。

ここから自分を引き戻すのが、「いま、ここ、目の前のことに集中した状態」マインドフルネスの状態です。

まとめ

スリープアスリート

ゲンキポリタンは24時間にこだわらず、暮らし、アート、仕事、趣味、遊び、性、年齢など、あらゆるカテゴリーを超えて、人生をお祭りのように生きる人のことです。

ゲンキポリタン 10の約束

  1. 「直指人心 見性成仏」
  2. 特別な一日
  3. もともとのいのち
  4. 生き辛さの原因「潜在意識」を認識する
  5. 考えるな、無意識にまかせる
  6. マインドフルネスで整える
  7. 哲学する
  8. 「ひたすら繰り返す」ルーティンワークを日常とする
  9. ループする煩悩製造システムを気にしない暮らし
  10. マトリックスから脱出する

何時であっても、いまここ、目の前のことにだけ集中すして、対象になりきる(=没頭する)。
それは一日でなし遂げられません。
豊かな100年ライフをライフシフトするために、つまりもともとのいのちを生きるために、日々のトレーニングを欠かさないのが、ゲンキポリタンです。

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誰も言わなかった禅「十牛図」はじまりの尋牛(じんぎゅう)
「十牛図」最初の絵「尋牛」の本質は、「いまの自分」がいないことに気づいた自分を知ることにあります。気づけば行動する。禅の鉄則です。「いまの自分(=本当の自分)」がいないのは、人生脚本に支配されているからです。人生脚本に支配から解放されるには、いまの自分が書いた人生脚本(=ライフプラン)に乗り換えることです。
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誰も言わなかった禅「十牛図」六の騎牛帰家(きぎゅうきか)
誰も言わなかった十牛図6枚目「騎牛帰家(きぎゅうきか)」は、本来の自己とそれを求める自己が一体になったので、牛の背中にまたがることで、自分の目線が高くなり遠くまで見えるようになったことを意味します。認知の歪み、ラケット、人生脚本から解放されたのです。内面から湧き出る仏性で共感を悟れるのです。
誰も言わなかった禅「十牛図」七の忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)
「十牛図」七番目の「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」は。悟ったことさえ気にしない、何ものにもとらわれない本来の自己になれたことを表しています。気づけば、悟ることができる。その悟りさえ気にならない一体となった状態は、執着のない、慈愛(共感)そのものです。
誰も言わなかった禅「十牛図」八の人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう
「人牛倶忘」の状態は、気負いもなく。執着も迷いも生まれない状態です。もはや感情的な人生脚本もなく。日常生活を淡々とルーチンワークで繰り返すだけです。ルーチンワーク(習慣化された生活)を退屈に感じるのは、刺激を自分の外に求めるからですが、もうそんな無駄なことをしなくても、やりがいも生きがいも自分のうちに全部揃っています。
誰も言わなかった禅「十牛図」九の返本還源(へんぽんげんげん)
返本還源(へんぽんげんげん)の返本とは、本(原点)に返(還る)、源にたち還ること。つまり「はじめに還ること、源にたち還る」いのちの源流に還るとどうなるのでしょう?川を流れる一滴の水が湧き出る源泉から飛び出す瞬間を想像してみてください。あなたの働き方、生き方はいのちが求めていたことですか?
誰も言わなかった禅「十牛図」十の入鄽垂手(にってんすいしゅ)
「入鄽垂手」とは「ぶらりと町に入ってきて、何をするということもなく帰っていく」という意味になります。つまり、執着がなく、自他共にあるがままでよしとするなら、何も語らなくても、そこにいるだけで、気軽に声をかけるだけで、いのちの本性が、一切衆生に慈悲を持って接するのです。自利他利の仕組みでつながる循環する。
無形資産の教科書|自分を極める「十牛図」
禅の教科書「十牛図」は、無形資産の教科書として人生100年時代を生きる世代を応援します。自分とは何者か?という根本問題に焦点をあてることで、どう生きるべきか、他者とは何者かという根本問題にも答えを出します。自分を高めたい自己マスタリーにも大きな効果を発揮すること間違いなしです。

 

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