認知の歪み「一般化のしすぎ」をマインドフルネスで是正する

連想 マインドフルネス
ミノルさん
ミノルさん

こんにちは、人生100年時代の「マインドフルネス実践講座」のコーチ、コーナンダアNです

 

こんなことはありませんか?

「女性は母親に似る」というのは定説です。
ある男性からのLINE 友だちを通じてのご相談です。

背が高くて美人「モデルですよね?」って質問したことから、仲良くなって、結婚して3年。
3年たってブクブク太っていくのが心配で、あんなにスタイルが良かったのが、170cmの身長があるだけに太っていくと、体重を聞くのが怖い最近です。最近はほとんどセックスレス傾向。

お母さんは太っているけど身長が160cmなのでそこまで威圧感がありません。マインドフルネスで痩せさせることはできるでしょうか?というご相談です。

最後のひとこと
「これは”一般化のしすぎ”という認知の歪みなのかなと気になっています」”一般化のしすぎ”かな?・・・このひとことに安心しました。
この言葉が諦めない気持ちにつながり、関係性を良くするきっかけになるからです。

自分の信念を、ただ相手にぶつけて、関係を歪ませることなく、共通の想いを大切にするマインドフルネスな夫婦になる可能性を示唆しているからです。

一般化のしすぎ“ってどういうことか説明します。

マインドフルネスにできることリストです

“一般化のしすぎ”ってなに?

本題に入るまえにコチラをチェ→→→→ック!!

 

主な認知の歪みには、次のものがあります。

  1. 全か無か思考(二分法的思考〜all-or-nothing thinking)
  2. 般化のしすぎ(overgeneralization)
  3. 心のフィルター(mental flitar)
  4. マイナス化思考(プラスの否定〜disqualifying the positive)
  5. 結論への飛躍(jumping to conclusions)
    • 心の読みすぎ
    • 先読みの間違い
  6. 拡大解釈(破滅化)と過小評価(magnification and minimization)
  7. 情的決め付け(emotional reasoning)
  8. べき思考(should statements)
  9. レッテル貼(labeling and mislabeling)
  10. 個人化(責任転嫁〜personalization)

認知の歪みは、家族、学校、社会、メディア、あらゆる場所に氾濫していますが、取捨選択するのは自分です。自分が生きやすいように取捨選択した結果が自分の認知です、

歪んだ心構えで、どんなに執着しても望む結果を得ることはできません。
得たとしても砂の城なので、すぐに崩れます。

一般化のしすぎは、経験や根拠が不十分なまま早まった一般化を下すこと。
ひとつの事例や、単一の証拠を元に、非常に幅広く一般化した結論を下すことです。
自分の経験を信念にして、他人の意見を聞かなくなる動機になります。

ぜひぜひマインドフルネスで認知の歪みを是正してくださいね。

マインドフルネス

熟知していないことは一般化をし過ぎてしまう

イメージがないことは考えられないので一般化してしまいがち

だれもが、自分の経験からイメージできないので、経験がないと考えようがありません。
イメージにないことは何度聞かされても理解できないのです。

理解するために「梯子(はしご)」が必要です。
自分の“経験”は梯子の一歩なので、自分の経験あるいは通説から考えること自体は、特に問題というわけではありません。

イメージがないことを考えるには一般化してしまいがちです。
つまり「熟知していないこと」を考える場合、一般化をし過ぎてしまうリスクがあるのです。

たった1つのネガティブな出来事を基準に、その他もすべて同じようにネガティブだと考えるとなると認知の歪みになります。

つまり「思考の成熟度の違い」

思い込みか、そうでないのか

「自分はいつも失敗ばかりしている」、「試験でうまくいった試しがない」などと考えるようになると思い込みの一般化に該当します。過度の一般化、一般化のしすぎです。

私たちは「原理原則」と言いますが、これも一般化といえます。
この場合、膨大なデータ(事例)をもとに共通している因果関係から導いているので精度の高さが違います。

「一般化のし過ぎ」をする人は、無意識に誤解しています。

つまり「思考の成熟度の違い」で一般化OKと、あなた!一般化のし過ぎですよに分類されます。
シンプルに言うと、思い込みか、そうでないかの違いで、思い込みの場合、危険ですということです。

コンサル、カウンセラーを利用する理由

「なんで自分でできることなのに、わざわざコンサルやカウンセラーを活用する必要があるのか?」と不思議に思う人がいます。

もっともだと思います。

活用する理由は、「自分を信じていいのか?」と疑問が湧くからです。

ブッダは死の間際に「自灯明、法灯明」という言葉を弟子に遺されています。

ただ誰かから聞いたからといって、それを信じるな。
何代も受け継がれたからといって、その伝統を信じるな。
たくさんの人の間で語られ、噂になったからといって、それを信じるな。
あなたが所属する宗教の聖典に書かれているからといって、それを信じるな。
ただ貴方の先生や先輩の権威だからといって、それを信じるな。
しかし、観察と分析を行なった上で道理に合っていて、すべての者の利益になると貴方がわかったならば、それを信じなさい。

つまり自分を信じることができるように学びなさい。そして主体的に生きなさい。と説いておられます。コンサルやカウンセラーを活用するのは、主体的に生きるためなのです。

ところがコンサルやカウンセラーを活用して、うまくいってると自分の存在価値に疑問を持ち出し、活用をやめる人が出てきます。自分が主体的に生きていない、活躍していないと思い出すのです。

自分を信じることができるように学ぶ」という基本目的を忘れているのです。主体的に生きるための学習期間だと忘れてしまうのは、目的を忘れてしまうからです。
マインドフルネスにできることリストです
「過度の一般化」「一般化のしすぎ」という認知の歪みが生じるのは、自分に対する傲慢さなのです。「過度の一般化」「一般化のしすぎ」を防ぐには、信頼できる自分になるために物事を正しく判断しょうとする謙虚さです。

深層心理は二重になっている

阿頼耶識

私はビジネスコンサルティングをしてきてたくさんの企業とかかわってきました。
ライフスキルのコーチング、カウンセラーもしてきて、様々なご相談に対処してきました。

言えることは「結果(現象)は似ていますが原因は様々」ということです。
なので対策は原因に打ち手を考えることなので結果に惑わされずに原因を究明(つまり本質)を発見します。
結果を見て早々に原因を特定して対策を打ち出す人、カウンセラーがいるので気をつけましょう。

上の図は、唯識(=大乗仏教の見解の一つ=瑜伽行唯識学派)でいう「八識」を説明したものです。深層心には、自我に執着する心「末那識(まなしき)」と、根本心とされる「阿頼耶識」があります。

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八識

八識とは、

  • まず、視覚や聴覚などの感覚も唯識では識と考えます。
  • 感覚は5つあると考えられ、それぞれ眼識(げんしき=視覚)・耳識(にしき=聴覚)・鼻識(びしき=嗅覚)・舌識(ぜつしき=味覚)・身識(しんしき=触覚など)と呼びます。
    これら5つを総称して「前五識」と呼んでいます。
  • その次に意識。(自覚的意識)があります。
    六番目なので「第六意識」と呼ぶこともあります。
    前五識と意識を合わせて六識または現行(げんぎょう)と呼びます。
    六識は、現代でいう「第六感」にあたります。
  • 六識の下にある末那識(まなしき)と呼ばれる潜在意識があります。
  • 末那識は、寝てもさめても自分に執着し続ける心であるといわれます。
    熟睡中は意識(六識)の作用は停止しますが、その間も末那識は活動をやめず、自己に執着するといわれています。
  • 末那識の下には、阿頼耶識(あらやしき, ālaya-vijñāna)があり、これが根本心(識)と言われています。
  • この阿頼耶識が前五識・意識・末那識を生み出し、さらに身体を生み出し、他の識と相互作用して私たちが「世界」であると思っているものも生み出していると考えられています。

トラブルの根本原因は「阿頼耶識」にありますが、原因は「末那識」にあり様々です。

唯識研究
の第一人者横山紘一氏は「末那識」「阿頼耶識」を以下のように説明されています。

末那識

末那識

(末那識とは)深層心の領域ではたらく自我執著心のこと。
心理学でいう「自我」のことです。

ふつう自我意識とよばれるものは、たとえば、わたしの肉体を眺め、あるいはわたしのこころの作用を対象として、「これはわたしの肉体、あるいはわたしのこころである」と考えて、そこに「わたし」という存在を設定するこころをいう。
このはたらきは、八識のうちで第六番目の意識が行なう、いわば表層的な自我意識である。

ところで唯識瑜伽行派はこの表層的な自我意識がそこから生じてくる、より根源的な深層の自我意識を発見し、それを末那識と命名した。

末那とは梵語manasの音訳で「考える」 (思量)という意味。したがって思量識とも意訳される。

思量とは、くわしくは恒審思量(ごうしんしりょう)といわれる。すなわち、恒に考え、審(つまびら)かに考えるこころという意味である。

恒に考えるこころであるとは、この末那識は、眠っていても醒めていても、いな、生死輪廻するかぎり、つねにこころの奥深くで「わたし、わたし」と自我を設定してその自己に執著しつづけるこころであるからである。

審かに考えるとは、このこころは、我癡(自己についてのおろかさ)、我見(自己の設定)、我慢(自己へのおごり)、我愛(自己への愛着)という四つの煩悩とつねにともにはたらいて、根源的なこころである阿頼耶識を対象にして、それを「わたし、わたし」と審かに、執拗に執着するからである。

阿頼耶識

阿頼耶識

(阿頼耶は)わたしたち、ひとりひとりのこころの深底にはたらく根源的なこころいう。
阿頼耶とはAlayaという梵語の音訳で、「蔵(おさ)める」という意味。

すなわち、この根源的なこころのなかには、無始の時よりこのかた、わたしが行なってきたありとあらゆる業の影響が、植物のたねのように、いわば種子となって蔵められている。

この意味でこの識は蔵識とも意訳される。また、このこころのなかには、未来のわたしのありとあらゆる可能性が、たとえば、わたしが仏陀(覚者)になるという可能性もが潜在約な力、すなわち種子のかたちで貯えられている。

このようにあらゆる種子を蔵めているという点で、この識はまた一切種子識(いっさいしゅうじしき)ともよばれる。

根本心である「阿頼耶識」は「末那識」の底にあり、末那識を動かしています。

相談内容に対応するには、「阿頼耶識」のレベルで考えても、改善・解決には遠くて具体性に欠けます。
「末那識」ですら、いきなり末那識を持ち出すと具体的に進めることはできません。

唯識(仏教)も、ゴエス(整理・整頓・清掃・清潔・習慣)も、マインドフルネスも、物事の“本質”を洞察する思考の方法です。

本質を観察するには疑問を持つ

自動思考

仕事の本質とは何か? 教育の本質とは何か? 結婚の本質はないか?「よい」社会の本質とは何か? そうした事象の“本質”を、観察して掌握する。

その場合にも、「一般化のしすぎ」に注意が必要です。

模擬試験をやってみたら、最悪と思えるような結果だった。「こんな状態では試験に合格することはない」と決めつけてやる気がなくなった。・・・典型的な”一般化のしすぎ”の事例です。

恋愛の悩みに対する答えがインターネット上には山ほどあります。
その回答が間違っているものではなく、あてはまる場合もあるし、違い場合もあります。

「一般化のしすぎ」の場合も少なくありません。しかも自信満々の場合もあるので気をつけましょう。

思いつき料理と創作料理は同じでしょうか。看板を出す人のセンスです。

恋愛はそれぞれ育った環境も現在の状況も違う特別な男女のことなので、一般化が難しいものですが、心理学を研究したこともない一般論が溢れています。

潜在意識に精通した人は、一般論のなかにも深い洞察を働かせていて、個別の事案にある共有部分にまで食い込んで説明しています。

事案には、人として共通した反応(末那識レベル、阿頼耶識レベル)その個人特有の反応(末那識レベル、阿頼耶識レベル)があり、それらを切り分け、掛け合わせた中から個人特有の事象と答えを発見することが必要です。

一般化のしすぎの場合の手順

一般化のしすぎの場合の手順

ネガティブな気持ちが強くなったとき、頭に浮かんだ考え(自動思考)を書き出します
どのような考えが浮かんで、気分が落ち込んだり、不安になったり、イライラしたりしたでしょうか?(ここでは「一般化のしすぎ」ですが、複数ある場合も自然な判断です)

②対策=適応化(適応的思考)を考えます

③「みんな同じだと本当に言えるだろうか?似ているなかに違いはないか
④「過去の経験からいまここの体験に生かせることはないだろうか?」

と、疑問を持って、自分自身に問いかけることが適応的思考を作るコツとなります。

まとめ

一般化のしすぎを防ぐには、疑問を持って、適応化を探るのが鉄則です。

「結果(現象)は似ていますが原因は様々」です。
なので対策とは原因に打ち手を考えることなので結果に惑わされずに原因を究明(つまり本質)を発見します。結果を見て早々に原因を特定して対策を打ち出す人、カウンセラーがいるので気をつけましょう。

恋愛相談の場合、特に気をつけてください。「一般化のしすぎ」の事例そのまんまです。
結果を見て早々に原因を特定して対策を打ち出す人、カウンセラーがいるので気をつけましょう。
「一般化のしすぎ」の事例そのまんまです。

恋愛は日常的なもので、子どもでも体験することなので誰でもカウンセラーを名乗れます。(笑)
実際には広く深い膨大な知識と体験が必要です。

妻の太り過ぎ、好き避けなど、マインドフルネス実践講座で「適応化」について深くお伝えしています。

人生100年時代のマインドフルネス実践講座 

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