ライフシフターの「今ここ」を生きるゴエス生活

ゴエスでクールジャパン マインドフルネス
ミノルさん
ミノルさん

こんにちは。人生100年時代の心と身体とお部屋をゴエスする「マインドフルネス実践講座」コーチ、特別な一日日本代表ゲンキポリタンあなたの願いを実らせるミノルさんです。

人々が執着するあまり、「いつまでも変わらない」ことにこだわりすぎることに「苦しみ」を生む原因がある、と説いています。執着しない自分になるためにゴエスが重要な働きをします。5Sゴエスとは、Seiketu整理、Seiton整頓、Seisou清掃、Seiketsu清潔。Shituke躾(習慣)のローマ字表記した場合の5つの頭文字です。
整理整頓にはじまり躾、つまり習慣化されることで自分のライフスタイルにします。

ライフシフターが職種だといえる私になりましょう。
ライフシフターの「今ここ」を生きるゴエス生活 の整理整頓について考えてみます。

ライフシフターの禅的生活

ライフゴエス

寺の修行僧は朝にタにルーティンワークで帰除をします
汚れているわけではないのに、生懸命に除をしています
寺をきれいにすることだけが目的ではなく掃除をすることで自分自身のいています。
美しいルーティンワークは準備であり、準備が磨きをかけています。

ひと掃きするごとに、のチが消えて、雑念が消えて、専念の準備ができます。
ひと拭きするごとに、の輝きが増して、肩を抜いた意欲になり、集中の準備ができます。

準備によって、いまここ、目の前のことに専念、集中できる瞬間を重ねることで、人生100年のルーティンワークが素晴らしい人生に結実します。

「今ここ」この瞬間、目の前のことに専念、集中して「”変わることを楽しみにする”ポジティブさ」こそライフシフト、ライフシフターの真髄です。
煩悩と執着が弱まるほど、悲しみをまるごと受け入れる気持ちが自信になり慈悲を育みます。

大切にしていた物が壊れた時や親しい人と別れる時など、悲しいものです。
別れや損失への執着を断ち切るために、「諸行無常だ」と思えたらずいぶん楽になれます。
そのために日頃から「一期一会」を大切にして毎日が「特別な一日」を実現します。

諸行無常は人生を楽しむ考え方です。
ライフシフト、ライフシフターにぴったりのコアバリューです。
諸行無常は変わり続けることを受容する教えですが、ただ変化するのではなく循環しています。コアバリュー(中心となる価値観)が、「ライフシフターが職種」にします。

ゴエスでマインドフルネス

ライフシフターのゴエス

コアバリュー(中心となる価値観)を具体的にするには、自身をゴエスします
毎日を「特別な一日」(=真剣勝負)にできるのは、自分の人間力です。
過去の成功体験はお荷物でしかありません。全部捨ててミニマリスト。
準備をすると、不要なものがどんどんなくなっていくので、必然でミニマリストになります。

ミニマリストとはただ物が少ない人ではなく、最高のパフォーマンスが発揮できるように準備した人だと解ります。
準備は「縁」を最高に生かす動機になるのでマインドフルネスになりきれます。

準備はいつも整理整頓からはじまります。
物が曲がっていたら真っ直ぐに直す
散らかっていたら片づける
そして終わるときには、デスクの上を整理整頓して、明日の準備きちんとする
明日を特別な一日にするために、静かにゴエスする習慣がある人は、雑念を払いのけて清潔な状態に心もすっきりと片づいています

明日になれば、デスク周りをひと掃きするごとに、のチが消えて、雑念が消えて、専念の準備ができます。
ひと拭きするごとに、の輝きが増して、肩を抜いた意欲になり、集中の準備ができます。

最小限の必要なモノで、準備が整っていることで、目の前のことに専念できるようになります。

会社のデスクでも自宅のホームオフィスでも同じこと
悩みや不安に惑わされるとなく、常に清々しいマインドフルネスはまず身の回りを整えることです。

 

縁起を整えるライフ・ゴエス

整理とは、集めて、同じカテゴリー、グループに分類することです。

  • ブランクもキャリアと位置付ける
  • やってきた仕事を具体的に細かくリストアップして、分類する(自分では本業と思っていないが、他者はスキルと見る場合がある)

「縁によって物事は生起する」といいます。
縁を此れ、生起する物事を彼れとするなら「此れあれば彼あり、此れなければ彼れなし。」ということになります。

「AがあればBがあり。AがなければればBがない」つまり「自分とはあるようでなく、無いようである」という真理です。

具体的にいえば「他人がいて自分がある」自分の妻ではなく「妻の自分」があるのです。
何気無いようですが衝撃的ではないでしょうか?

「オレがいるから妻が食べることができている」と考えがちですが、実際は「妻がいるから働くことができて、生きている」という「縁起の理」の真理(事実)です。

ライフシフトをするうえで、この考え方をアテはめたらどうなるでしょう。
「社会があれば自分があり、自分がなければれば社会がない」ということになり、自分とは「社会の自分」なのです。「縁」の真理がライフシフトの出発点です。

自分がどうあれば「社会の自分」になれるのか、「社会の自分」というキーワードで整理することがライフシフトの最初の一歩です。

整頓は必要な時に、すぐに引き出せるようにすることです。

ライフシフトは「る」よりも「放す」ことが先です。
私たちは、物がうまくいかないとき、「何かが足りない」と思てしまいがちででも、今の状況を変えたいなら、何かを「得る」よりもまず「手放す」とが先。
ライフシフトは手ぶらチャレンジが基本です。

を捨てる思い込みを捨てる持ち物を減らす
シンプルに生きるとは、心や身体の荷物を捨てるとです
ライフシフトを考えた場合、能力の不足を考えて能力を足すことに気がいきます。
でも
「足らないからやってみる」と考えるとライフシフトの範囲は広がります。

大事なことは「なぜ、それがやりたいのか」です。
事の流をよく、軽やかに生きたいのであれば、まずは手放すことが先です。
手放た瞬間、新た入ってくるのは「豊かさ」です。
この豊かさを味わうのがライフシフトです。

たとえば海が大好きだから、海を楽しみたい。
自分にマッチした楽しみ方の最良のサーフィンをする。
そのために他の可能性は手放す。

このときに、成功体験を条件にしないことです。
成功体験は昔のはなし、「今ここ」では社会条件が変わっています。
成功体験ではなく、自分の人間力(ライフスキル)を土台にしてチャレンジする習慣を常とします。ライフシフトは手ぶらチャレンジが基本です。。

ひと掃きするごとに、のチが消えて、雑念が消えていくのが「清掃」の求めるところです。一呼吸に集中するマインドフルネス瞑想に似ています。

清掃には「社会の自分」のポリシーが息づいています。社会を清掃するがゆえに、自分の心をチリが掃ける。あなたが社会に貢献するから、あなたは自分に貢献できるのです。

時代は日々変化しているので、過去の成功体験はチリでしかありません。
雑念にとらわれず自身の人間力を土台にマインドフルネスにライフシフトしましょう。

今ここを生きるマインドフルネスな清潔術について考えてみます。
ちょっと習慣を見直してみませんか。
習慣はゴエスの最終段階ですが、習慣を変えることはプロセスの見直しになります。

たとえばコーヒーを飲む習慣。

  • まず自然の林に足を入れて新を拾ってくる
  • 自分の手で火をおこして湯を
  • ああ、日はいい天気だな」と空を眺めながら豆を挽く
  • そうして流れたコの味は、おそらくヒーメーカでつくたものよりも断然おいしいはず

おいしい理由は、コーヒーを飲むプロセスに「いのち」が吹き込まれているからです

薪を拾うプロセス火をおこすプロセスを挽くプロセス
どのプロセスにも無駄なものはひとつもありません
それが生きているということです

便利さと引き換えに、時間と労力を省くついでに、生の楽みまで省いてしまったプロセスが「いのち」までもぎ取ってしまっているのです。

実際に薪を拾うプロセス火をおこすプロセスがなくても、本物を感じることはできます。

「禅の庭」として有名な、京都・龍安寺の「枯山水」で考えてみましょう。
池や水などを用いずに、石や砂で山水の風景を表現するものです。

実際には水が存在しないところに、谷川の流れを感じる。
頭のなかに水のある情景を思い描いて、その世界に心を遊ばせる。
枯山水は「とらわれない心」を表現した不思議の庭なのです。

精進料理も、同じ発想ですね。

言葉で考えずに、自分の可能性を天地いっぱいに使えば、とらわれない心。

想像力が天から降りてきて工夫が無駄のない暮らしを運んできます。
極めればこの身ひとつで、人生100年時代をライフシフトする極意です。
物をたくさん持つことが自由ではありません。
すべてある可能性。すべてない可能性。
空(くう)の極意を枯山水に見て、「いのち」に気づくのです。

ところが、言葉やモノに翻弄される私たちは便利さの裏側に隠された「いのち」に気づかないまま、手がかからないことに満足しています。

結果だけでなく、プロセスこそ重要。億劫に思わず自分を磨くプロセスがライフシフトに含まれていることを大事にすることで次々にドアが開かれステージが変わっていき、ライフシフトが展開します。

整理、整頓、清掃する、清潔にする(磨く)のプロセスを習慣(ルーティンワーク)にすることで、ダイナミックなライフシフトが展開します。

  • ライフシフターが、毎日を「特別な一日」にするには、何より準備(ゴエス)が効果的。
  • 時代は日々変化しているので、過去の成功体験はお荷物でしかありません。
  • 自身の人間力を土台にライフシフトしましょう。
  • 毎日を「特別な一日」にするとは、毎日が真剣勝負であることです。
  • 準備をするから、自然に肩の力を抜いた真剣勝負の「特別な一日」になります。
  • 準備(ゴエス)は人間力そのものなのです。人間力が弱いとゴエスができません。
  • 準備で不要な物事がどんどんなく減っていくので、必然でミニマリストになります。

縁を生かすとは

マインドフルネス実践講座

冒険することは不安を引き起こす。 しかし、冒険しないことは自己を失うことだ。 …そして最高の冒険は、自己を自覚することにほかならない。

                       - セーレン・キルケゴール

  • ライフシフトは冒険です。
  • あらゆる困難を乗り越えるのは山登りと同じ。
  • なにがなんでも遣り抜く意志
  • 選り好みしない
  • 長所も短所も自分の影像、実在しない

知らないから、智慧を使い倒して没頭する。

縁を生かすとは、「対象になりきる」こと

対象とは、たとえば仕事、仕事になりきる。
プロ野球の選手ならゲームになりきる。料理なら料理に没頭する。洗濯でも掃除でも同じ。

つまり没頭です。没頭できるのは、人として最大のスキルです。

無知ゆえに智慧をつかう。智慧を使うから没頭する。
そのための装備はほとんど必要がありません。
没頭のためのあり方は自分を知覚すること。
それには余計な情報が少ないミニマリストが好都合です。

まとめ

  • ライフシフトの秘訣は「今ここ」を生きることです。
  • ライフシフターとは自身の人間力(ライフスキル)で「今ここ」を楽しむ人です。
  • 時代は日々アップデイトされているのでスキルは無限大になります。
  • ライフシフターは限界を知っているので「今ここ」を生きるのに必要だけに絞ります。
  • ライフシフターには過去の成功体験はお荷物なだけです。
  • 人間力も日々、アップデイトするものだと自己マスタリーを高めることを実践しているがライフシフターです。(自然とリーダーシップを高める循環型生活を営んでいます)
  • 日々、アップデイトするライフシフターにとって何事についても最小限はありがたいものです。知識より智慧(=人間力)を大切にします。
  • ライフシフターは、毎日を「特別な一日」にします。
  • 「特別な一日」のための準備(ゴエス)は智慧で実践します。
  • 智慧を発揮するためマインドフルネスを保ちます
  • 準備(ゴエス)は人間力そのものなの。人間力が弱いとゴエスができません。
  • 準備をすると、不要な物事がどんどん減るので、必然でミニマリストになります。
  • 最高のパフォーマンスが発揮できるように準備した人がミニマリストです。
  • ミニマリストとはただ物が少ない人ではなく、すぐ実践できるように身軽にした人です。
  • ゴエスを日常的に行うことで、どんどんミニマリスト化していきます。
  • ライフシフトができる人は、装備しませんが準備(ゴエス)します
  • 自分を土台にやるべきことに順応できるので、複業も可能にしています。
  • ライフシフトの成果が人間力をさらに育みライフシフターのスキルアップに反映されます。
  • 持続可能な人が持続可能な社会に貢献します。
  • 循環は人生100年時代の、これからの100年のコアバリューです。

▶︎人生100年時代のマインドフルネス実践講座

自分を極めるマインドフルネス実践講座

▶︎人生100年時代のマインドフルネス実践講座

唯識による全宇宙カタログ

▶︎人生100年時代のマインドフルネス実践講座

一人一宇宙、星空のように「こころ」があなたを包んでいる。
・一人一宇宙。誰もが自分の宇宙から出ることも、入ることもできない・他人、こと、モノ、自然界、は、自分のこころが自分の世界に映しだしたもの・こころはあなたを包んでいる・よりよいものを自分の世界に映し出せるように自分を高めます・最高の自分は最高に生きること・死ぬことは最高に生きるためのモチベーション・いのちは次世代に最良の種子を遺す
3大質問で知るマインドフルネスな「もともとのいのち」トリセツ
エンドレスにワンダフルに生きるための大基本である『私は誰?」「なぜここにいるの?」「どのように生きればいい?」3つの質問から、「私は誰?」自分の物語に入ると、子どものようの、いまここにいまここになりきって過ごすことで、執着心、愛着を知る前の「もともとのいのち」を生きることができます。
縁起でマトリックスな世界をマインドフルネスで是正、本性強化
子どもと違い、大人は縁起で自分が作り出した物語で生きています。発端は1.5歳までに決意した対人関係の構え。根本執着心となり、これを繰り返し使えば正しい認知が不可能になります。このままでは自由で豊かな100年ライフを生きることは困難になります。マインドフルネスが縁起の人生脚本を是正、本性を強化します;
慈悲で本性に戻る究極のマインドフルネス3ステップ
いまここ、あるがまま、なりきった「慈悲のシステム」は、無分別智から始まります。慈悲は、100年ライフを生きる智慧とエネルギーとなり、エンドレスにワンダフルな旅をループします。慈悲の心は何もせず放っておいて生まれてきません。自らが育てていくものです。育て方が3大基本「無我・縁起・慈悲」に集約されます。
マインドフルネスで変わる重要な5つのこと
マインドフルネスでなにが変わるのか見ていきます。ここでは人生が変わることをお伝えします。テーマが大きいのでその一部しかご紹介できませんが、マインドフルネスによって気の滅入ることや腹立たしいこと、我慢でなく受け入れることで「これも人生の味わいのひとつ」と感じることができるようなります。

ゲンキポリタン(一般社団法人いきいきゴエス協会)

ファイナンシャルプランニング
誰も言わなかった禅「十牛図」はじまりの尋牛(じんぎゅう)
「十牛図」最初の絵「尋牛」の本質は、「いまの自分」がいないことに気づいた自分を知ることにあります。気づけば行動する。禅の鉄則です。「いまの自分(=本当の自分)」がいないのは、人生脚本に支配されているからです。人生脚本に支配から解放されるには、いまの自分が書いた人生脚本(=ライフプラン)に乗り換えることです。
誰も言わなかった禅「十牛図」二の見跡(けんせき)
「十牛図」見跡の本質は、「いまの自分」が存在することに気づいた状態です。気づけば行動する。禅の鉄則です。「いまの自分(=本当の自分)」に自分らしさの良さを体感するには、具体的な行動が必要です。空想と想像で書かれた人生脚本の支配から解放、執着から離れるにが、いまの自分が書いたライフプランを掲げて達成に邁進する必要がありま...
誰も言わなかった禅「十牛図」三の見牛(けんぎゅう)
「十牛図」見牛の本質は、そこにいると知った瞬間、心の底では「いまここ」にいることになります。気づいた自分を知ることにあります。 気づけば行動する。禅の鉄則です。人生脚本に支配されている自分に気づくことは。人生脚本から解放される自分を実践することです。
誰も言わなかった禅「十牛図」四の得牛(とくぎゅう)
十牛図・尋牛は、いなくなった自分に気づいた絵でした。見跡は、どこに自分はいるんだと探す絵でした。見牛で、そこ隠れている自分を発見しました。4枚目の得牛は、隠れていた自分を捕獲します。捕獲できるかどうかは自分の腕次第なのです。人生最大の公案をあなたがどう気づくか、「得牛」の絵は問いています。
誰も言わなかった禅「十牛図」五の牧牛(ぼくぎゅう)
十牛図、5枚目の牧牛(ぼくぎゅう)は、暴れる牛を手なづけながら家に帰る道中です。暴れるには原因があります。全ての物事は原因があって結果があります、因果の法則で成り立っています。ラケット、認知の歪み、人生脚本にも、十二縁起という原因があります。 十二縁起には成長する手順と因果関係が説明されています。
誰も言わなかった禅「十牛図」六の騎牛帰家(きぎゅうきか)
誰も言わなかった十牛図6枚目「騎牛帰家(きぎゅうきか)」は、本来の自己とそれを求める自己が一体になったので、牛の背中にまたがることで、自分の目線が高くなり遠くまで見えるようになったことを意味します。認知の歪み、ラケット、人生脚本から解放されたのです。内面から湧き出る仏性で共感を悟れるのです。
誰も言わなかった禅「十牛図」七の忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)
「十牛図」七番目の「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」は。悟ったことさえ気にしない、何ものにもとらわれない本来の自己になれたことを表しています。気づけば、悟ることができる。その悟りさえ気にならない一体となった状態は、執着のない、慈愛(共感)そのものです。
誰も言わなかった禅「十牛図」八の人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう
「人牛倶忘」の状態は、気負いもなく。執着も迷いも生まれない状態です。もはや感情的な人生脚本もなく。日常生活を淡々とルーチンワークで繰り返すだけです。ルーチンワーク(習慣化された生活)を退屈に感じるのは、刺激を自分の外に求めるからですが、もうそんな無駄なことをしなくても、やりがいも生きがいも自分のうちに全部揃っています。
誰も言わなかった禅「十牛図」九の返本還源(へんぽんげんげん)
返本還源(へんぽんげんげん)の返本とは、本(原点)に返(還る)、源にたち還ること。つまり「はじめに還ること、源にたち還る」いのちの源流に還るとどうなるのでしょう?川を流れる一滴の水が湧き出る源泉から飛び出す瞬間を想像してみてください。あなたの働き方、生き方はいのちが求めていたことですか?
誰も言わなかった禅「十牛図」十の入鄽垂手(にってんすいしゅ)
「入鄽垂手」とは「ぶらりと町に入ってきて、何をするということもなく帰っていく」という意味になります。つまり、執着がなく、自他共にあるがままでよしとするなら、何も語らなくても、そこにいるだけで、気軽に声をかけるだけで、いのちの本性が、一切衆生に慈悲を持って接するのです。自利他利の仕組みでつながる循環する。
無形資産の教科書|自分を極める「十牛図」とライフプラン
自分を極めるとは、どういうことでしょうか?最高の自分を引き出すことですね。いちばん 判りやすいサンプルがアスリートではないでしょうか。「心はそのまま仏である」といいます。禅の高僧の言葉ですが、この心とは「もともとのいのち」のこころだと思いま

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